そよかぜ便り

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連続テレビ小説 ゆうぐも(18)

紫陽花の色の違い、どうして出るの?白が白い理由は? | ワークショップGC

車は日本の中心から少し西側の地域に入った。夕子が幼少期から過ごした街であった。夕子はぼんやりと流れる景色を見ながら、ここがすでに自分のモノではないことを感慨深く実感した。

母は夕子が「計画」のために毎日疲労していることを知った。しかし彼女はそこで6年間の時を過ごすのである。そのため、その場所に対する娘の嫌悪感や、苦手意識が生まれる前に息抜きをさせる必要性を感じたのである。

どんよりとした11月の午後の重たい雲があまったるく空にかかっていた。夕子は母の考えるほど虚弱な神経を持ってはいなかった。

「前の学校も見に行ってみましょ」

母はそんなことも知らず、車を走らせた。

夕子の元居た学校も、以前の居住地からは遠いところにあった。そのため、車で一時間くらい走ると、ようやく近辺に着く、という塩梅であった。

夕子の脳裏には、懐かしく甘い思い出がよみがえっていた。

 

「電車、一緒だったよね」

夕子は、入学式前のオリエンテーション後に、行きの電車で同じ車両に乗っていた男子生徒に話しかけられた。二人はクラスは違ったが、ホールに一学年全員で集められた時に座る座席が隣であった。彼は安佐井 知(あさい とも)と言う名前だった。私立中学であり、誰一人知り合い同士がいない中で、少しでも顔見知りがいるということは彼らにとって安心できることであった。夕子も初めて学校で話しかけられ、彼の勇気に感謝をした。

二人はオリエンテーションの後、自己紹介をしながら一緒に帰り、それからも電車で鉢合わせたら話したり、廊下で姿を見かけたら手を振ったりする関係となった。

知は男子生徒に珍しく、制服の上に青いベストを着ている生徒だった。他の男子生徒はそのままワイシャツを着るか、セーターを着るかしていた。そのため、彼の姿は見つけやすかった。夕子は、何となくそれに合わせて、いつも青いベストを着ていた。

彼自身もそうであるように、彼の周りの交友関係も地味であった。常におとなしそうな男子生徒か、女子生徒と喋っている様子が見受けられた。夕子はふとその時の彼の顔を見ると、呼吸が出来なくなったものであった。知は決して器量が良いわけではなかったが、人好きする性質で、誰も彼を嫌うものがいなかった。そんな彼が、自分に手を振ってくれる、それだけで夕子は世界に認められた気がして、嬉しかったのである。

しかし、そんな淡い思いも転校と共に消えていった。ただ、優しい音楽、子守唄のように、彼女の心の奥に沈んでいた。

 

それが今、煩いくらいの耳鳴りとなって、夕子の頭を反響している。

ほのかな期待と共に着てきた、新しい学校の、淑女の象徴が、なぜだか惨めな様相を呈している。

彼女の黒く深い、濡れた瞳に映るのは、見覚えのある青ベストと、見覚えのあるポニーテール、そして、繋がれた掌であった。