そよかぜ便り

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連続テレビ小説 ゆうぐも(17)

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乙女を迎え入れる瀟洒な校門も、今や大砲を構えた城壁のようにしか夕子の目には映らなかった。しかし夕子も怯んでばかりいられず、キッと前を見据えて歩き出した。時刻は6時30分、彼女は誰よりも早く学校に着いていた。夕子は誰もいない校舎に向かった。体操着に着替えると、彼女は校庭の片隅でストレッチを始めた。そして、無我夢中に窓を鏡にして踊り始めたのである。次第に生徒の数は増え、窓から美しい黒髪が舞うのをチラと見るようになった。しかしその視線は、腫れ物に触るようなものであった。

放課後になっても、夕子は誰よりも早く体育館に行き、鏡の前で踊り続けた。そして次の日は、朝も昼休みも放課後も音楽準備室で彼女は歌った。この様子を少女たちは訝しげに眺めた。夕子は一切の感情を捨てて練習に励んでいた。

彼女の母の方針通りだった。

そんな日が何日も続いた。夕子は感情の全てを自分の技の習得に賭けた。

 

ある日、部活が終わり、ダンス部の生徒が帰った後にも夕子が体育館の隅で練習しているのを見て、日本舞踊部の生徒たちが来た。

「紫雲さんだよね」

見ると、2年生の生徒3人らしかった。白粉を塗っている訳でもないのに、白い首筋が印象的であった。

「紫雲さん、上手いよね、うちの方が向いてるんじゃない?ダンス部より緩いから、合唱部と両立できるよ。」

夕子はドギマギして口ごもった。

「突然だとビックリするよね、考えといて。今度見学にも来なよ。」

そう言って、彼女たちは去っていった。

また別の日、彼女が練習をしていると、新体操部の生徒たちもやってきた。

 

夕子は当然、両方の部活の見学に行った。

 

その日から、ダンス部の生徒たちの夕子への態度がガラリと変わった。

「やっぱり、ダンスの方が向いてるよ」

「1回入部届け出したんだし」

「合唱部との両立もサポートするから」

「せっかく上手くなってるのに勿体ないよ」

2,3年生のこの態度に、1年生も追随した。

「すごいね、舞踊部にも新体操部にも声掛けられるなんて。」

聖子が何事もなかったかのように話しかけてきた。

 

次の問題は合唱部だった。合唱部は、顧問の絶対王政であり、彼女が夕子の兼部を心よく思っていないことが一番の癌だった。歌が上手いことよりも、輪を乱さないことの方が求められていた。夕子はいい方にも、悪い方にも目立たないよう心がけた。そうすることが最善策であった。

 

ダンス部の生徒の態度が軟化した事で、前の席の女子2人は教室でよく話しかけてくるようになった。それに伴って、鈴子も少しずつ態度を和らげていった。しかし彼女としては、部活の体裁上夕子と仲良くしすぎることは悪手であり、クラスと部活の板挟みのようなことになってしまった。

 

しかし、ダンス部の関係が一段落したおかげで、夕子の気は幾分かよくなった。夕子は練習を続けた。

 

そんな週の日曜日、疲れた夕子を見兼ね、夕子の母は言った。

「前住んでたところ、いってみようか。」