ホームルームが始まるところで、1年風組の教室前には担任教師たちが待機していた。彼女たちは時間ぴったりに教室に入っていく。夕子の姿を認めると、担任の女教師は相好を崩した。それは夕子の器量のためである。女教師はその容姿から、彼女が排斥されることはないと踏んだのである。
教室とは、かくも残酷なものである。
女教師と共に教室に入ると、それまでざわついていた教室が水を打ったように静まり返った。少女たちは見慣れぬ顔に目を丸くした。そして暫くすると、ヒソヒソ話を始めた。彼女たちは早速、転校生の品評会を行っていた。
夕子が名前を言うと、教室から拍手が起きた。彼女は「認められた」ということであろう。
彼女には席が割り当てられる。ちょうど欠けていた40人目の席に座ることになった。彼女が歩き出すと、黒い服の少女たちは、風に揺れる植物のように身をかわし、既にある通り道を広くした。彼女たちが上体をずらしたとき、それぞれの花の香りが夕子の鼻腔を着いた。
これが女子のみの学校…。夕子はその華やかさに些か面食らっていた。
ホームルームが終わると、正式な始業までに暫く時間がある。勿論彼女は話の中心であった。あれやこれやを聞かれるうちに、彼女は何となくクラスに馴染んで行った。それはなにより、彼女の美しく、少しだけ腫れぼったい濡れた唇から零れ出る言葉が無難なものであると共に、その容姿、黒々とした肩下までの髪と、薔薇色の頬、美しい歯並びに拠るものであった。全身が彼女自身を品のある鑑賞物として仕立て上げていた。
しかし彼女の脳裏にはひとつの危惧があった。
それは母の言葉である。
「イオンモールだとか、吉野家だとか、マクドナルドだとか、ファッションセンターだとか、言わないように。」
庶民派の乙女はチェーン店に心酔していた。それは何より、彼女が倹約家であり、家が裕福な訳では無いからであった。夕子は高水準の暮らしはしていたが、それが無限に安定しているほどのものではないことを自覚していた。そのため彼女は決して高額のものを買わなかった。安いものを高く見せる技術に長けていた。
以前居た共学の学校も、ある水準以上の暮らしをした者しかいなかったが、彼女は自身の暮らしを臆せず周りに披露した。
結果、転居が決まっていたから良かったものの、彼女は疎まれた。
そのため母は、一番に彼女の貧乏性を、その青春を壊すものとして恐れ慄いていたのである。
そして、夕子自身も自らそれを意識した。