そよかぜ便り

些細な日常をお届けします!

くまさん

 その温泉宿は山の中腹にあった。枯葉も居ない季節だった。裸の木々に囲まれた湯に浸かると、熱が体の芯を刺激し、肉が引き締まった。暫くして息を吐き出すと肉は弛緩していった。思わず瞼が落ちる。鳥の囀りと風の音だけが聞こえる。

 いつまでそうしていただろうか。ふと気づくと、熊の母子が温泉の近くまで来ていた。特に驚くこともなかった。先程吐き出した睡眠薬が残っているからか、現実味なくその光景が目に映った。熊の母子はおれを見ていた。「ねえ、母さん、あれはなに。」熊の言葉はわからなかったが、何故か頭の中にそんな声が響いた。その声は、祥子のものであった。ぼんやりと、あの顔を思い出した。へしゃげて大きな鼻、小さすぎる口、細くてゴマの様な目、ずんぐりとした輪郭、手入れもされずバサバサの睫毛、脂で光る髪。そう、祥子は醜女であった。

 祥子と初めて会ったのは、「教育を語る会」という胡散臭い座談会だった。おれは生徒たちから「鬼」だとか「昭和の教師」だとか言われるくらい嫌な教師ではあったが、そのおかげか、心を蝕まれることもなく、30年間の教員としてのキャリアを積むことができ、結果教頭にまで成り上がった。そして、その初仕事がその座談会への出席だった。正直言って、面倒だった。

「最後に、彼らには罪はありません。ただ、可愛らしい無垢な存在なのです。」

太い指を股の前で重ね合わせて、おずおずと祥子は言った。祥子は、障害児の保育園の保母だった。

 一人一人の発表が終わると、立食パーティーになった。おれは仲のいい隣の高校の教頭である佐藤と釣りだとかキャンプだとかの話をしていた。祥子は、隅っこの席で黙々と飯を食っていた。それもそうだ。この場には壮年の男教師しかいない。祥子は痛風で急遽入院した園長の代理だった。

「あの子、なかなか頑張ってたよね。新卒でしょ?」

「ああ…」

「ちょっと声掛けてみようよ」

佐藤は随分と人当たりがよく、世話焼きであった。おれとは正反対だった。佐藤は生徒を受け止め、内側からじわじわ治していく薬のようだったが、おれはただ症状を抑え込んていた。

 佐藤と祥子は楽しげに話していた。祥子は笑うとはなのあたりが

 

 

飽きた