そよかぜ便り

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連続テレビ小説 ゆうぐも(13)

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転入から3日、決して優柔不断な訳でもないが、夕子は未だに部活を決めかねていた。1日置きにどちらかの部活の見学に行っていた。

夕子は、秋の肌寒い朝の教室で、単語テストの勉強をしていた。

「おはよう」

鈴子がカバンを下ろし、話しかけてきた。

「おはよー」

前の席の2人の女子も、同様にしてきた。

「今度遊びに行くんだけど紫雲さんも来る?」

夕子は嬉しさに飛び上がりそうになった。まさか、転入3日で遊びに誘われるだなんて、考えていなかった。夕子は、悲観主義者であった。その後話は進み、4人でお台場に遊びに行くことになった。この話は、母にしたら喜ばれるだろう、そんなふうに夕子は思った。

晴れやかな気持ちで話していると、副担任の若い女性教師が教室に入ってきた。女子生徒たちは、シーンとする様子もなく、談笑を続けている。

「紫雲さん、ちょっと。」

夕子は立ち上がり、スカートの裾を直すと、教壇に向かった。

「あ、私は副担任の佐倉八重子といいます。今日は担任がいないので、私が代わりに担任をするんです。それでね、」

八重子は教壇に荷物を下ろすと、書類を漁り始めた。が、なかなか見つからない。夕子は零れる八重子の茶色い髪の束を見ていた。量の多い髪の毛には、パーマが大きめに、緩やかにかかっている。そして、その影は菫色のニットに落ちかかり、豊満な胸の上で揺れていた。夕子にはひとつの哲学があった。それは、女性の最も理想の形は、全てを跳ね除けるような高貴さを持つこと、そして、もうひとつは、全てを包み込むような、この世の人間の母のような姿であることだった。八重子はまだ若く、未熟ではあるが、何れ成熟し、母としての存在となり得るだろう、と夕子は思っていた。自分自身は、前者になりたかった。それは、彼女自身の母の影響に拠るところが大きい。が、彼女の母もまた、一人の少女の母なのである。その矛盾に、夕子は気づかずにいる。或いは、気づいていて、その欠陥を埋めようとしているのやもしれぬ。だが、夕子のその形のいい可愛らしい唇は、何者をも拒むようには感じられない。彼女は、愛されるべき対象として生まれてきた筈である。しかし、これらは全て人間の外側であり、魂の問題は別なのである。夕子はその影に心を奪われつつも、視線に気づかれずよう、八重子の絶えず動くふくよかな腕から注意を離さなかった。

「あ、これ。」

八重子はどうにかプリントを取り出した。

「委員会に入ってもらわないといけないんだけど、生憎うちのクラスでは図書委員が人気がなくて、誰もいないの。私が担当なんだけど、図書委員をやってもらってもいいかな?」

夕子は書類に記入するために席に戻った。

「あの人、新任の先生なんだよ」

鈴子が言った。前の席の女子は、まあ女子校にしか就職できないよねえ、あれじゃ、男の子は大変でしょう、などと言い、キャッキャと笑った。夕子は八重子の方を見た。彼女は垂れ目がちな目で、夕子を見た。そして直ぐに、視線を書類に落とした。