そよかぜ便り

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おとぎ話のおわり

ウェディングドレスの人気のシルエット種類別4選! | marry[マリー]

むかしむかし、あるところに、5にんのちゅうがくじゅけんせいのおひめさまたちがいました。

 

はぐれものの、あたしたち。中学受験の塾が同じあたしたちは最寄り駅のマックで週に一度、塾が始まる前に集まることにしていた。

本当は、いけないことだけど、ここでしか、秘密の話はできなかった。

「また、運動会の練習中に靴隠されたの」

真子が言った。真子はいつも舞踏部の先輩たちから露骨な嫌がらせをされていた。

「でも、前みたいに何もできずに泣いてるだけじゃなかったんでしょ?」

美子は真子の目の横のキズを見ながら言った。

「うん。クラスのみんなに話したの。」

皆真子の方を見た。

「そしたら、おかしいってなって、先生に話したの。」

あの、内気で周りに弱音を吐けない真子が。

「その結果がこれなんだけど。」

真子は苦笑いして目の横のキズを指さした。

「あーあ、かわいい真子の顔が…」

由紀乃が真子の顔を撫でた。真子は光を見ながら言った。

「光は、どうなの?まだ、先生に嫌がらせ、されてるの…?」

「うん。また、プリントもらえなかった。でも、仕方ないよ。」

光は、父親が昔担任の先生と不倫をしていたということを理由に、先生から陰湿な嫌がらせをされていた。

「先生の気持ちも、わかるもん」

光は胸を抑えた。

「私も、好きな人が、他の人のこと好きだったら、その人のこと、恨んじゃうよ」

皆下を向いた。同じ人を、頭に思い浮かべながら。

「あ、ハチ。」

美子が入口に目をやった。ハチは美子の切られた服を見て肩をすくめた。

「またやられてんの」

「まあね」

ハチは変わったやつだった。四月に引っ越してきてうちの塾のクラスに来た時、彼は一番の成績だった。成績はどんどん伸びているのに、上のクラスに行こうとしなかった。理由は、教室に西日が当たるから、らしかった。そんな彼が鼻につく、ということでクラス中から反感を買った。

そんなハチは学校でも似たような理由でいじめられていた。美子はそれをかばっていた。それは塾でも同じだった。美子は学校で、それを理由に、男子から壮絶ないじめを受けていた。それは、男子の一人が美子のことが好きだったからだ。ハチはそれを見抜いていたからこそ、どうすることもできないでいた。

そんな美子とハチを中心に、はぐれもののあたしたちは仲良くなった。

ハチは勉強を教えてくれるし、いじめられているあたしたちに助言してくれる。

そんなハチのことが気になりだしたのは、夏期講習のまとめテストの後だった。

なぜかその日は、マックにいたのはあたしとハチだけだった。

「理恵は、テストどうだった?」

「全然、駄目だった」

あたしは自己採点の結果が悲惨すぎて、落ち込んでた。

「ハチは、どうせ1問ミスとかでしょ?」

「そんなことない。社会の大問まるまる落としちゃった」

「え、そうなの?」

見ると、この地域の地理の範囲だった。引っ越してきたハチには、まだなじみがなかったのだろう。

「あたしも、ここ復習したかったから、この範囲一緒にやろうよ」

そう言って、その日は二人で勉強した。珍しく、あたしが先生になっていた。

教えている途中、あたしはシャーペンを落としてしまった。

「あ」

ベタな話、拾おうとした二人の手が重なった。

その手の温度、やわらかさ、髪の匂いを認識した時、あたしの脳がバグった。

これが恋だと知ったのは、それから一週間くらいあとのことで、その時はなんかもうすでに手遅れだった。

「私、八王子くんのこと、好きかもしれない。」

そう、それは、こっそりと、耳元でささやかれたその声を聴いたときだった。

皆の中で特段にきれいで大人びていて、それを理由に学校でいじめられている由紀乃は、あたしにだけ、と言ってささやいてきた。

塾帰りの、駅に向かう道でのことだった。

他のみんなは、つかれたーとか、そんなことを言って前を歩いていた。

「でもきっと、美子も、真子も、光もそうだから」

あたしは夜の街灯に照らされた由紀乃の決心したような横顔を見つめた。

「あたし、八王子くんと同じところ、受かる。」

「うん」

「上のクラス、行くことになっちゃうかもしれない」

「うん…」

あたしはそれ以上何も言えなかった。心のなかに、雨が降っていた。

由紀乃があたしに打ち明けたのは、あたしがハチに好意を見せるそぶりをしなかったからかも、牽制のためなのかも、分からなかったけど、一つ分かったのは、この気持ちは、しまっておかなければならない、ということだけだった。

あたしは父親がアメリカ人のミックスだということを理由に、学校で浮いてはいるけど、いじめられてはいない。

でも、他のみんなは違う。他のみんなは、学校で、もっとしんどい目に遭っている。

そして、ハチとの時間だけを救いにしている。だから、あたしは真っ先に身を引かなければならない。

理屈では分かっていても、悲しかった。

ハチは美子にごめんな、と言いながら俯いた。毎回これだ。

美子は、いじめられた形跡を隠そうとはしない。ハチに見つけてもらって、謝ってもらうことで、心のキズを癒している。

「みんな揃ったところでなんだけど」

由紀乃が切り出した。

「私、上のクラスに行くことになった」

皆が息を呑む音が聞こえるようだった。あたしは、ついに、と思い、由紀乃の思いの強さに感心した。

もう、あたしはオブザーバーでいい。

「すごいな」

ハチが真っ先に言った。他の皆の顔は、なんだか見れなかった。

「だから、ここでしか、みんなに会えない」

由紀乃のみんな、という言葉は、八王子くん、という言葉に変換された。

次の日の塾に、由紀乃はいなかった。

塾の授業が終わると、真子は悲し気な顔で上のクラスの座席表を見ていた。

「ほんとに行っちゃったんだね…」

「私たちも、頑張って追いつこうよ!まあ、私たちの志望校はそんなに高いところではないけど…」

光は言った。光の志望校は服飾系を目指せるデザインコースのある中学で、真子の志望校は舞踏部の強豪校だった。

光は、親の反対で諦めていた夢を、それなりの進学校を併願すると決めて説得するというアドバイスによって、ハチに取り戻してもらった。

真子は、ハチの助言で、ダンスの練習を必死に行いコンクールで優勝し、志望校の監督に名前を覚えてもらうことができた。

二人は自分の目指す道…デザインの勉強と、ダンスの練習と両立しながら勉強をしていた。苦境の中でも努力する姿は、夢も目標も何もなく、親の言うままに受験をしているだけのあたしには眩しかった。

そして、彼女たちの背中には、それを応援するハチという大きな支えがあることが、うらやましかった。

心の奥深くに、ハチと同じ学校に行きたい、というほのかな目標はあったが、あたしはそれに気づくたびに、必死で打ち消していた。

帰り道、光と真子と別れると、あたしと美子とハチは三人になった。

「理恵と美子は、どこ受けるのか聞いてなかったよね」

あたしは、ドキリ、とした。ハチと同じところなんて、口が滑っても言えない。

「私は…」

美子は、しばらく言葉に詰まっていた。今までに見たことのない切なげな顔をして、ハチの方を見た。

「ハチの面倒、見れるところかな」

ハチは、目をぱちくりとさせた。

「お前、どうせモテるから俺とつるんでたらまたいじめられるよ」

「それでもいいよ、ハチだってどうせいじめられるもん」

あたしは、何も言葉を挟むことが出来なかった。胸がズキズキと痛んだ。

「なんで、俺のこと」

あたしは、目を瞑った。由紀乃の姿が目の奥に浮かんだ。

何か、このままにしていたら、いけない気がした。

美子が何かを言いそうになったとき、あたしはそれを遮って、言葉を紡いでいた。

「あたし、ずっと言えなかったけど、ハチと同じとこ第一志望にしてた。ハチと会う前からね。でも、全然成績違うし、恥ずかしくて言えなかったんだ。まあもう開き直るしかないから、勉強教えてっていうか、一緒に対策とかしようよ」

美子がハッとして顔を赤らめて俯いた。まずいことを言いそうになった、と思ったのだろう。

「え、そうなの?もっと早く言えよ。対策とかまとめてるから水曜の授業始まる前、やろうぜ」

ハチはそう言ってほほ笑んだ。美子は曇った顔をした。あたしは、終わった、と思った。

あたしがしゃしゃり出てはいけない場所なのに。

「うん、よろしく」

他の子の、生きる希望を奪ってはいけないのに。

「そういえば、あたし、学校に好きな人出来たんだ」

だから、これがきっと正解だ。美子はびっくりして、半分泣きそうな笑顔を作った。

「え!?それ、来週絶対みんなの前で話してね!」

あたしは、心で血を流しながら、笑って頷いた。

 

そして、受験なんて、あっという間に終わった。

駅前のマックのポテトの匂いが鼻孔をつく。

あたしたちの地獄のように苦しい日々と、天国みたいに甘くて切ないひとときの繰り返しも、終わった。

あたしは、学校に友達が出来た。友達は、あたしにせっかく受かったのだから、奪っちゃいなと言ったけど、そんなことはできなかった。

由紀乃も美子も、ハチと同じ学校には受からなかった。受かったのはあたしだけだった。

でも、あたしはその学校を蹴って、同じ偏差値帯の女子校に進学することにした。

これでよかったんだ。

あたしは、この、小学六年生の初恋を泡に溶かして、春の日を迎えた。

塾の、卒業式だった。

皆、別れを惜しんで泣いていた。真子も光も、志望校に合格していた。

卒業式が終わり、自由解散になると、あたしたちはマックに向かった。

マックでは、いつも通りの近況報告と、受験の思い出話に花が咲いた。

もう、皆それぞれがハチのことが好きなことを知っていた。それはハチもそうだったのだろう。でも最後まで、だれもそれを口にしなかった。

第一、ハチと同じ学校に通う人がいないのだから、うまく行っても長続きしないことは明白だった。

だから、結局誰もハチに気持ちを伝えないまま物語は幕を閉じた。

 

あたしは夢を見た。

帰りのホームルームが終わると、教室の前で制服を着たハチが待っている。

あたしは荷物をまとめて、ハチのもとに向かおうとする。

後ろでは、掃除のために机を動かすガタガタという音や、一日の授業から解放された生徒たちのざわめきが聞こえてくる。

ハチは廊下で他の男子と話している。

あたしが教室を出ると、ハチはそれに気が付いて微笑む。

「じゃ、帰ろうか」

 

 

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