そよかぜ便り

些細な日常をお届けします!

素敵と思いませんか?

昨日は朝からキャベツにごま油と塩をかけたものを食べたかったので食べた。

2袋買ったから今日も食べないとな。

彼氏というかお兄ちゃんというか婚約者というか元同級生というか友達というかセフレというかピのお姉さんのことをネトストしてて、それが日課みたいなところあるんだけど、

母親にそれはピに飽きてるからだと言われて落ち込む

そんなことないのに

まあ、ファーストコンタクトから10年目とはいえ、その間にお互い成長してる(はず)だし

人間はガムじゃないんだからさ?

そういえば、3月何日かわすれたけど、高三のとき事実上縁が切れますよってなった時に、

向かう電車の中で最初に出会った時からの思い出をぜーーーんぶブログに書いてたな。

魔法のiらんどが2020年3月にサ終しちゃったからもうおわりですしねしね

自分の記事も残しておけばよかったなぁ。

丁度アメリカに発った時だったからできなかったのョ。

まあとにかく飽きたとかそういう象徴界的言語に押し込められると絶望を感じてこれは図星とかじゃなくてそういうのが嫌で

あたしはそうだと思ってないんだからいいじゃない

その症状を自覚して何になるのよ

って思う

本当なんてぶっ飛ばしてよべいびー

ピのお姉さんに詳しくなる反面あまりにもネトストしすぎて嫌われてそう、、、

ていうかさ、

3月くらいに弟がめっちゃ自分のこと好きだと思うって言ってたんだけど、

あたしがピのアカウントをなりすまししてフォローとかしてるから、もしかして:勘違いしてる?

だとしたら申し訳ないしその方が都合がいいんだけど

でもまああたし以外の女の自撮りを額縁に飾って家宝にしたいとか言う男だしな

うん

お姉さんのことも大好きなのは態度に滲みでとるんやろ

愛情表現が素晴らしすぎるんだけどね(突然惚気けるな)

私がそのご寵愛を一身に受けていい立場か怪しいのです…

ま、今日も仕事ですよ

きっと傷つくんやろな

あーあ

わがまま言わせてくれ

 

そうです。あのコが僕の畏敬する天使様なのです

地下鉄

地下鉄乗ってると電波無さすぎてスマホがただの板になることに腹が立つ

あとこのブログ読んでる人はどう言うモチベで読んでるんだろう

監視とネトスト目的以外の人がいるのか

インスタのストーリーの閲覧者の下の方見た時みたいな気分

私は所詮頭の中で爆音で音楽が鳴ってるから何も聞こえないモヤモヤ人間です

もう何も考えたくない

何も出来ないし

つらい

私だけやっぱり上手く人生を送れてない

知恵遅れ

どこにいきたいのかもわからないし

自分をどこかに落としてきたんだろうな

刺激にのみ正の走性のある可哀想な虫さん

人間なんてどこに行ってもおなじ

東京にいる人たちはみんな汚くて気持ち悪くて大嫌いで死んで欲しい

でも

名古屋を歩いてる人たちも、特に治安悪くて自分たちは何も失うものがないから最悪目に付いた相手を好き放題してやろうと思っている傲慢で臭くて気持ち悪い人たちもしんでほしい

夏が来る

泣きそうだ

早く秋になれ

下らない予測変換にいらつかされて

今日もわたしは

周りから嫌われる

こんなにハイスペなのに。。。

朝の気配

 

朝5時に外出るなんて仕事かオールかなんだけどさ

仕事の場合はまあスッキリしてて朝早く起きてお散歩してもいいかもって思いながら今頭いたすぎて抱えそうなんだけど

オール明けの朝は気持ち悪いし無駄に空気澄んでて無理ってなる

FUCK

始発の電車の男の多さに驚く

いつも女性専用車両に乗ってるけど、今日は乗れなかったから

この世から優しいおじさんと、顔のいい人以外いなくなればいいのになぁ

平凡な幸せ

夢を見て目覚めた朝は起きた瞬間に見たものが夢の中に混ざりこんでいく感じがする

そんなこと考えてられないほどアラームがうるさくてずるずると布団から這い出してスマホを見て変な漫画を読んで夢の内容が塗り替えられていく

朝の電車の中は鬱屈とした気分になる

中学生の頃からなんとなく車内のピリピリした空気感を感じていた

本当は2022年春に業界新聞で弊社の記事を1年分ピックアップして読んで選考対策していた豊洲ららぽーとについて書こうとしたけど、あの時のことを昨日のことのように思い出せるはずなのに銀座から豊洲まで歩く前に何をしていたのか思い出せなくて焦ったから書かない

楽しそうに走る犬や子供を見て蹴り飛ばしたくなるとかそういうことを言って一緒にいた人を不機嫌にさせたことだけ覚えている

写真すら撮っていない

本当に存在した記憶なのか怪しい

銀座から豊洲まで歩く間に月島が当然あってそこに当時の内定先の寮があってふーんってなっていたことも覚えている

でも何の話したのかも覚えていない

ずっと好きだった作家が死んでいた

私はカスなので小学生の頃からトイレでしか本を読んでいないが

悲しくていつもなら3:3:4くらいで

ゆきりん:龍:ほかの作家(外国人作家中心)

で本を買うところを100%その人にしてしまった

その作家は山本文緒と言うのだが

この主人公ワイやんけ と思わせるのが得意で、その時代の若い女性の価値観を完璧に描写することのできるすこしワガママで気の強い女性だ

膵臓癌で去年の9月に亡くなってしまった

それをみてまず私が小学生の頃よく読んでいた漫画の描き手で山本文緒と親しかった伊藤理佐の反応を見ようとしたが見つからなかったしそんなものを探しても虚しいのでやめた

61歳だった

時代の流れや感覚を共有していた人が亡くなるのは悲しい

こんなに生々しい文章を書いているのに死んでるなんて信じられないと思う

今の時代

死んだ人の文章はそこに当たり前にある

病死した人の、殺された人の、自殺した人の、事故死した人のTwitterアカウントが残っている

それがとても恐ろしい

自分と同じように朝眠いと感じ昼お腹すいたと感じている、そしてそんな文章を書いている人がもうこの世にいない

大好きだった古畑任三郎をやっていた田村正和東京オリンピックを見ることも無く亡くなったこともあまりにもショックだった

でも、

社会人はこんなこと考えている暇もないんだろうし

ここに書いているようなことを仕事関連の人に話すのは間違ってると言われた

そうだ

キ…気候
ド…道楽(趣味、テレビ、映画、スポーツ)
ニ…ニュース
タ…旅
チ…知人
カ…家族
ケ…健康
シ…仕事
衣…ファッション
食…グルメ
住…住まい、暮らし、家

の話しかしてはいけない

 

皆が快適でいるために

シネマ

切ないほどにアンバランス

私の人生の地獄が始まったのは高校三年生の夏だが、その前兆が来たのは高校一年生の秋だった

まあその出来事のおかげで私はいくつかの内定を得ることができたのだろう

何が言いたいかと言うと、面接において笑いの瞬間を作ることは非常に有用だということだ

そしてホロコーストのことをあえて笑いに変えるユダヤ人のように自らのトラウマを笑いに変えることで”治療”することもできる

なんにせよ

そんな地獄に入る前、あーしが再び太り始める前の高校一年生の夏だった

ポケモンGOが流行っていたのを覚えているだろうか

あの時の夏は私はロッキンにいったあとの日焼けした肌にアロエを塗ったりクソ暑いけどクソエモかったりしたのが懐かしかったりしただけじゃなくて夏期講習とかに行っていた

夏期講習は交流館?とかいう変な建物でやっていたしあの中のムワッとした空気は教育実習に行ったからではなく記憶として覚えている

ダサい夏服も

私は粗相したことはないけどどうして血が目立ちやすい色のスカートにするんだろう?

夏期講習(数学)は女の子の友達2人と受けていたがその時全く講習の内容なんて聞いていなくて右斜め後ろで人間の喉から発せられる振動が空気を伝わってくるそれにしか意識が向けられてなくてでもそんな自分が恥ずかしくて嫌でその時あたしがすごく痩せたからという理由か多少噂?になってわざわざ人が告りにくるようになったからという理由か知らんけどその前の年まで死ぬほど酷いことをしてきたのにいやそれは私が酷いことをしたからだけどとても優しくてあたたかくしてくれためちゃくちゃ当時は(ここ重要)かっこよかった付き合ってる人の事なんて完全に頭から抜けてていないものになっているレベルで意識を向けていた

そのため少しの挙動において冷や汗が流れるレベルで緊張していた

けれど当時の私は自分は好きでは無い人をあたしを好きにさせる方法を知っていたけど本当に好きな人に対してどう接すればいいか分からなかったしそもそもその感情が正解なのかも分からなかったしどうこうなりたいとか付き合いたいとかやりたいとか全く思っていなくてただ好きという感情があるだけだったからどうすればいいか分からなかった

とにかくあの夏は暑かった

あの

変な文章書いてますけどクスリやってないです

とにかくその人と話せれば幸せだし少しでも接触する機会があれば幸せだし意味もなくその人のいるクラスに行く理由を見つけたりその時の女友達には申し訳ないけどそういうことをしてた

で、とにかくその夏期講習の時にポケモンGOが流行っていたけどあたしは何が楽しいのか分からなくてでもとりあえず流行りに乗るためにやっていた

部活の何かをするためにおおたかに行く時になぜか1人でイヤホンつけて聞いてたのがパスピエのシネマだった

夏休みに部活特権で会えるのが嬉しくてでもそれを察されたら終わりだという思いがあったしでも会えるのは嬉しかったけど会う度に強がりで変な態度を取ってしまったりきっと相手はあたしのことが嫌いなんだろうなと思ってしまったりして決して楽しくはなかった

そもそも私には恋人と呼べるひとがいたのでその気持ちを誰にも話すことはできなかった

映画をthemeに思い出を書こうと思っていたが当時見た映画が思い出せずとりあえず曲名がシネマなのでそれをタイトルにした

私では無い人と話したり笑ったりしてる顔が好きだったな

犬歯のあたりが好きだったとか

ま、今は私のものなんですけどね

 

 

ウォルト・ディズニーの約束

私の地獄が始まったのはIRLの屋上に続く階段の前の座席でフジファブリックの楽曲を聞いた時からだったが、私の人生が始まったのは2013年秋だったと記憶している。

私はそれまで自我というものを意識せずただ流されるように音楽のリズム感やメロディーだけに乗って生きていたがそれが終わったのが2013年秋だった。

心から何かを得たいと思って行動する時はなんの音楽を聞いても誰と話していてもその全てが楽しいと感じる。

小学生の頃の私はそのごっこ遊びのような形で好きな男の子を1980年代の少女漫画のように利用していた。

精神性というのはおかしなものでそれは自認としては不変だが大きく変わっている所があるしそうでなければ人生は虚無だ。

2013年の秋私はクラスで孤立していた春の状況から脱してある程度クラスに話せる友達が出来たり学年で作られていたメーリングリストに入れてもらって楽しい日々を送ったりしていた。

自分の存在が他人から認知されるということがただ嬉しかったが聞いている音楽はボカロやアニソンばかりだったのでそれは次第に暴走して自分のことを画面の中の出来事と勘違いして現実を見ることは出来ていなかった。

そのころの私にはミック・ジャガーマリリン・マンソンもいなかった。

兎に角私はストレートパーマをかけてJILLSTUARTのトートバッグを入手してバングルをつけたりネックレスをつけたり香水をつけたりするうちに自分を無敵と勘違いして彼女持ちで学年で1番顔がいい人のことが好きになり努力を始めるわけだがどちらが先だったかの記憶は定かでは無い。

少なくともそのおかげでそれ以前以上に学年の女子たちに舐められることもなく一時的に陽キャラと言われる女の子たちと遊ぶことも出来ていた。

そのように社会性のある恋愛をしているうちは大丈夫なものだが2014年以降のように社会性がなく閉鎖的で暖かくて優しい沼のような恋愛に浸ってしまうようになると退屈で孤独で平凡な日々が始まり刺激への耐性と指向性がついてしまうことになる。

では社会性のある恋愛とはなんだろうか。それこそ幻想だし、実際に私はそれを獲得しても尚2014年冬にレイクタウンで『ウォルト・ディズニーの約束』という『メリーポピンズ』制作秘話の映画を見た後にポップコーンの種を飛ばす姿を見てその瞬間に社会性を失って閉まった気がして嫌気がさした。

当時の私は何を思ったのか、とりあえず異性と遊ぶ時は映画を見ればいいと思っていた。その理由は今ではもう分からない。むしろ、映画なんて一緒に見たいと思うものがないときは、一緒にいる時間が減るだけだし無駄だと思うが、映画を見ようとなってもその時上映していた人気の邦画やアニメ映画を見るのがなんだか照れくさく、よく分からないが綺麗でロマンのある映画ばかり選んで見たいと言っていた気がする。

ところで私には当時性欲やそれに近いものがなくむしろそういったことを求められることに生理的嫌悪感を抱いていた。それにあたってその後苦しむことになるのだがとにかくイデアルな関係とはイデアなものだと思っていたし、そもそも興味すら湧かなかった。

今思えばそれは高校2,3年生くらいのころ突然野田のネカフェで何かをキッカケに思い出したがそれまで完全に抑圧して忘れていて存在しないことになっていた幼少期の体験のせいなのだろう。

私は1990年代のトレンディドラマの楽曲をテーマに1日6回は目を合わせるというノルマを達成することが楽しかったしそれだけで良かったしきっと、それは幻想だがそこに社会性を感じていた。

 

 

 

なにこれ

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わたしが泡になったらかなしい?

砂に書いた言葉

あなたはわたしの手を取って

さみしい、と書いた

 

あのこが水色に溶けたのは

言わなくても伝わるなんて

愛の傲慢のせいだわ

 

週末 相模湾に連れてって

アイスクリンを食べて 絵葉書を送るのよ

わたしは海に帰ったりなんてしないわ

帰る場所は決まってるから

 

誘うように優しく歌う夜の海

遠くを照らす灯台

わたしはあなたの手を取って

波打ち際で踊った

 

あのこが夜の闇に溶けたのは

言葉を信じられないほどに

きれいな海にいたからね

 

週末 東京湾に連れてって

あなたの下宿先まで 潮風のおくりもの

だけどね初めから全部わかっていたわ

わたしはきっと泡沫だって

 

わたし来月28になるんです

それがねなぜかとても怖いの

怖いの…

 

週末 どこかの海に連れてって

あなたに会う前なのに おでこにあばた

それでも あなたが優しく微笑んでくれたら

生きていてよかったって

帰る場所は決まっていたのね

 

 

2022年冬の下書きより