「今日も…来たんだ。」
次の日も、大学に行った。
受験勉強なんてしてる場合じゃない。その事についてはおいおい対処していくつもりだ。
「すごく話題になってるよ。」
困ったよう笑うみなと。今日も図書館のラウンジで勉強していた。
「大変なんですね」
「うん、これがあと4年も続くと思うとね…。」
みなとがレジュメを押さえる左腕ではバンドが揺れていた。
「気づかれたりしました?」
「…」
みなとは首を振った。
「でも、あの人は…」
「いいの、大丈夫だから」
疑問が浮かんだ。
そもそも、みなとが自分を好きになる確証はない。それなのに、みなとのことを縛り付けているのではないか。この世界でみなとに好かれることはないんじゃないか…。
「あの」
「?」
「僕は…未来の恋人だって言いましたよね」
「え、うん…」
みなとは顔を赤らめた。
「でも、それって未来でみなとさんが僕のことを認めてくれたからそうなったわけで…」
みなとは困ったようにこちらを見た。
なんだか自分で自分が嫌になった。
「まあでも、1度は承諾しちゃったし、君の気持ちも分からないことはないから、いいよ」
三日月型の目をして、みなとは言った。
そうだ。みなとは優しい。
「でもなんか、信じられないね」
みなとは、机に突っ伏して、片腕に頬を乗っけてこちらを見た。
カシミヤのような髪が腕にかかった。
懐かしい匂いがした。
「っていうか、時間とか、大丈夫なの?予備校とかあるでしょ、受験生だし」
「あ…」
忘れていた。スマホを見ると
「不在着信 30件」
と書いてあった。メッセージアプリを開くと、不穏な文章が見えた。999件の通知と共に。
差出人はかもめだった。
「じゃあ、そろそろ行きます。」
名残惜しかったが、流石にこれはまずい。何をしでかされるか分からない。
大学を出ると、駅前でかもめが待っていた。背筋が凍りついた。
俺は黙って通り過ぎようとした。
「ちょっと」
ひんやりとした感触が腕に伝わった。
「ねえ、最近ずっとそこ、通ってるよね」
「…」
かもめが俯いて言った。身長差から、かもめが俯くとつむじが見える。
「どうして、私の事、無視するの?」
ぐちゃぐちゃになった蒼色の髪の下から、涙が零れ落ちていく。
「とりあえず、話そう」
俺はかもめを駅の近くの喫茶店に連れていった。
かもめは、小学校の同級生だった。中学受験をした数少ないうちの一人で、たまたま同じ中学に進学することになった。小学校の頃は仲が良かったわけではなかったが、初めて市を出て学校に通う、そんなアウェイの中でお互いが心安らぐ居場所になって行った。だからいつも行き帰りは一緒だった。
ある時までは。
「アイスティーと、アイスココアになります」
ウェイトレスが去ると、かもめは顔を上げた。長いまつ毛が涙に濡れていた。
「あのさ」
思ったより冷たい声色が出てしまったことに自分でも驚いた。時間というのは、かくも人を変えてしまうのだ。
かもめは顔を上げた。絶望感たっぷりの表情だった。もはや、何もかもを諦めているかのようだった。
「かもめも、そろそろ、ちゃんと一人で立った方がいいよ」
意識して、優しい声色を作った。
「来年から大学生なんだし、そこには俺はいないんだよ」
「なんで」
…
「だって、一緒の大学行くって言ったじゃん」
…
「だから私、安心して誰も友達作らなかったんだよ…」
…
「どうして、そんな酷いこと言うの…」
嘘つき。裏切ったのはどっちだ。酷いこと?あの時言われた言葉を、そのまま返しただけなのに。…深呼吸をした。
「酷くないよ、かもめのためだよ。」
かもめは再び泣き始めた。埒が明かないので、伝票を持って立ち上がった。
「じゃあ、頑張れ。」
そう言って、喫茶店を後にした。
本来なら、この三ヶ月後、同じ目にあうのは俺の方だった。