夕子は生真面目な質であった。部活の練習にも欠かさず参加していた。だが、部としては彼女が11月に辞めることが分かっていたので、大会向けの練習の時は、彼女は一番後ろのポジションで踊らされていた。彼女としても、それは問題がなかった。一つ気がかりだったのは、仙子のことだった。夕子が辞めた後、彼女はどうするのだろうか。仙子は運動神経がよく、なかなか重要なポジションに付いていた。だが、彼女は、部活でやっていけるのだろうか。世話焼きではない夕子にも、そのことは心配であった。夏休み中、部活が終わると、二人は必ず一緒に帰り、学校の近くの繁華街の、何処かに立ち寄っていた。レストランやカラオケ、カフェなどで夏の課題を終わらせたりー夕子は取り組む必要もなかったが、律儀な性格故、しっかりと終わらせていたー、ボウリング場やゲームセンターで遊んだりと、残された時間を、花弁をゆっくりと千切るように、過ごしていた。夕子は、ぼんやりと柔軟体操をする仙子の短くなった髪を見ていた。そして無意識に自身の、少し短くなった髪を触った。
夕子が仙子の髪を切ったのは、夏休みに入ってすぐの、部活が始まる前であった。
「今日、両親がいないんだけど、うちに来ませんか?」
更衣室で着替えながら、仙子はいった。制汗剤の柑橘類の匂いが、夕子の鼻をついた。地面には、花が咲くように、少女たちの制服のスカートが広がっていた。彼女たちは、スカートを履いたまま、ズボンを履き、ズボンを履いてから、地面にスカートの花を咲かせるのである。そしてそれをそのままに、上半身の着替えをしていた。誰が始めた訳でもないこの着替え方は、いつしかこの部活に広まっていった。だからダンス部が更衣室を使う時、リノリウムの床に、スカートの花が咲くのである。
蝉の声をバッググラウンドに、二人はいつもより二駅遠い駅で降り、仙子の家まで歩いた。20分ほど歩いただけで、彼女たちは汗だくになっていた。仙子は家に入るや否やクーラーを付け、氷の入った麦茶を、カラカラと音をさせつつ運んできた。
「ついでだから、やっちゃおうか。」
仙子はスズランテープの束を運んできた。二人は部活で使うポンポンを作る役目を任されていた。クーラーの効いた部屋で、汗の乾いてきた肌にほんのりと涼しさを感じつつ、様々な話題が机上に飛び交った。
部活のこと、生徒会のこと、クラスのこと、そして、夕子の想い人の話まで。
しばらくして、仙子は、髪が長くて夏が大変だ、というようなことを言った。
夕子は仙子の髪を見た。スズランテープと似た光沢。
ふと気づくと、夕子は、先程までスズランテープを切っていたハサミを、仙子の髪に入れていた。仙子は目を丸くした。髪の毛が、机上に落ちた。
その後、どちらともなく立ち上がり、二人は縁側に出た。仙子は何かを期待しているかのように目を瞑った。夕子はその髪を一心不乱に切っていた。
そして、仙子も仙子で夕子の髪を切ろうとした。しかし、その手は震え、僅かな毛先しか切ることができなかった。
2人は、我に返ると鏡を見て、大慌てで最寄りの美容室に駆け込んだ。
「こんなに短くなったの、初めて。」
ボブヘアーになった仙子は、首筋に夏風の涼しさを感じてか、擽ったそうにしていた。
入道雲が訪れる夕立を予告して、二人の涼しくなった頭の上を、ゆったりと流れていた。
彼女の最も忌む時間が、すぐそばに、迫っていた。