花子が最も自分を許せないことは、自分の価値を理解することの出来ない対手に惹かれてしまうことである。
彼女が自身で一番好きなところは、透き通るような白い肌に、ほんのりと色づく薔薇色の頬であった。その頬は彼女を優しげに、官能的に見せていた。
だが、彼女のヴァージニティーは不思議なベールのように体を覆っていた。それは花子の瞳に宿る深い情愛に拠るものだった。
その目は人を惹き付けた。彼女の薄い唇が開き、唾液に濡れた白い歯が見える時、秘密の花園に足を踏み入れたような気がするほどに、彼女は隠匿される存在であった。
花子は決して美人ではなかった。しかし貞潔が彼女を引き立たせていた。
東京某所の居酒屋で、下戸の花子は1人、水などを飲んでいた。同席者も下戸であったが、手には芋焼酎を持っていた。花子は飲んでもいいとは思ったけれど、彼の看病をするかもしれないことを考え、飲酒を控えた。
「やっぱりそういうのって、難しいよね」
赤ら顔で彼は言う。花子は笑顔で頷いた。それを見て彼は満足そうに笑った。と、思うと突然持っていた器を乱暴に机に叩きつけた。
「だから俺はそれは間違ってると思うんだよ」
花子が風見と出会ったのは英文学の授業の班だった。風見は語学が堪能であったため、何分勉強の出来ない花子にあれこれと教えてくれた。そんな中、彼女に関わった者が往々にしてそうであるように、特に風見が色恋に免疫がなかったこともあるが、花子に惹かれていった。花子にはその気持ちを撥ね付ける理由もなかった。
そうして、4年の月日が経った。花子は彼の開かれているのか、閉じられているのか分からない目を見た。私はこれでいいのだろうか。そんなことを考えながら。花子には不安なことがあった。それは、風見が自ら破滅に向かって動く衝動を抑えられないことだった。彼は大学を中退したり、会社を3ヶ月でやめたり、親との縁を切ったりと、破滅に向かう習性がある。それが花子には不安だった。そして、不満だった。彼はその衝動を、決して多くは彼女の肉にぶつけることはなかったのだ。花子は同衾する寝布団の中で、自身の肉を眺めながら嘆息する日々であった。
ある日、花子は買い物に行く途中、街で偶然旧友の天海に出会った。天海と花子は高校と大学が一緒だった。彼らは2,3度海に出掛けたことはあったが、それ以上の関係ではなかった。花子は天海に手を振りながら、自身の中にある感情に気がついた。しかしそれは彼女自身にとって許されないものであった。何故なら天海は彼女に触れる前にその価値を見定め、消えてしまったのである。花子はできるだけ早足でその場を立ち去った。部屋のドアに手をかけ、鍵が開いていた事にひたすら安心感を抱いた。
ドアを開けて部屋に入ると、何かが振動する音が聞こえる。おそらくは風見が携帯電話を忘れていったのだろう。花子はちらりとリビングのテーブルに置かれた携帯電話の画面を見た。
そこには、風見が過去に話してた女性の名があった。
ねむい