そよかぜ便り

些細な日常をお届けします!

連続テレビ小説 ゆうぐも 総集編2 パッセ編

第六話

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「次の学校に行っても、私の事覚えていてくれますか…?」

 

前の学校で、夕子は疎まれていた。

新しい環境に在る時、人は自分を強く見せようとする。特にそれが中学生という、まだ子供の領域に居る段階であれば。彼らはそれとなく、自分の家柄を、学歴を、素晴らしさを、披露しようと鼻息を荒くしていた。しかし、夕子は自分の庶民性を垣間みせたり、面白おかしさを披露したりと、その逆を往こうとしていた。自分を弱く見せることで特異性を発揮したかったのであろう。

もちろん、そんな小賢しさは、進学校の生徒たちには見抜かれてしまうものである。というより、「いやみ」に映ったとでも言った方が早いだろうか。周りから人はいなくなり、彼女は孤立した。表面上は変わらぬ態度であったが、「あの子はちょっと違う子」として、距離を取られていた。

夕子はというと、自身の作戦の思わぬ失敗―彼女が同級生たちを見くびっていたとも言える―に慌てつつも、転居による転校が予め分かっていたので、狼狽えはせず、冷静な態度であった。

孤立する彼女の姿を美しく感じた者も居た。それは、彼女のクラスメイト、水野仙子(みずのせんこ)であった。

仙子も復た、学級内で孤立していた。仙子は風変わりな少女であった。見た目は清潔感もあり、細身で、整った顔立ちをしていた。1本にまとめられた髪と、顔にかかる長い前髪は透き通るような色で、前髪の隙間から見える額は瑞々しかった。その麓には冷酷な印象を与える切れ長の目が二つ付いていた。しかし中身はというと、とにかく騒がしく、場合を弁えない質であった。学級長だろうと、集会の挨拶だろうと、生徒会だろうと、委員会だろうと、何にでも立候補していた。そして、誰にでも話しかけ、散弾銃のように唾を飛ばして喋り続けた。授業中でも先生に話しかけ続けた。当然のことだが、優秀な子どもの多い教室では、いじめはおきない。ただ、緩やかに、出る杭は打たれるのであった。仙子の言葉は柔らかいクッションで受け流され、生徒からも教師からも疎ましがられていた。

仙子は夕子にも頻繁に話しかけた。夕子はこれと言って疎ましがることもなく、仙子の話によく付き合っていた。すると仙子は彼女に懐き、どんな時でも寄ってくるようになった。登下校、昼餉、教室移動、掃除…いつでもである。

夕子は特に迷惑がることもなく、また、自身が孤立していることも加味して彼女と居るようになっていった。一人でいるよりは居心地がよかった。

 

第七話

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夕子は決して体を動かすのが得意ではなかったが、ダンス部に所属していた。何処の学校でも往々にしてそうだが、ダンス部というだけで、一目置かれるからである。また、夕子にはこれといってやりたい競技もなかった。

ダンス部の部員はやはり派手好きというか、常に異性の目を気にしているような女子生徒が多かった。彼女たちは思春期特有の匂いを振りまきながら、他者の目があたかも刺さっているかのように気にしては媚態を振りまいていた。

夕子はそこから一歩引いて、深く関わるでもなく、避けられるでもなく、存在しているに過ぎなかった。

仙子が来るまでは。

水野仙子はそれまで入っていた空手部を辞め、それを口外はしなかったものの、夕子を追ってダンス部に入部してきた。夕子は何となくそれを察したが、悪い気はしなかったのであろう、仙子をサポートし、上手く部活動に参加できるように取り計らっていた。

仙子は何にでも立候補する押しの強さとかしましさから、学年の他の生徒からも知られていた。そのため、ダンス部の女子生徒たちは、彼女の入部に難色を示した。そしてそれは、「仙子を連れてきた」夕子にも飛び火した。彼女たちは夕子たちから距離を置いた。

しかしそれは、仙子にとっては好ましい事態であった。夕子にも損害はなかった。二人は、より濃密に結びつくこととなった。

 

7月になると、プールの授業が始まった。女子特有の問題のため、致し方ないと思うのであるが、まだ考え方の古い進学校では、男女問わず、不参加が3回を超えると夏休みに1時間泳がされた。夕子は既にリーチであった。次に休むと、夏休みに泳がされることになっていた。

その日は気温が高く天気も良く、プール日和であった。夕子にとっても普段は憂鬱なプールが少しだけ楽しみなものとなっていた。昼休みが終わると、夕子は仙子と共に更衣室に向かった。更衣室はプールと同じ建物にあった。

しかし、夕子は草のツルに足を引っかけ、盛大に転倒してしまった。残念ながら、彼女は夏休みに泳がされる羽目になった。

仙子は既に補講が確定していたので、それを喜んでいた。

 

第八話

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それは太陽がうるさいくらいに照りつける朝であった。

夕子は夏休み以降は学校を辞めてしまうので、補講も、部活も行く必要はなかった。しかし、自分の意思で夏休みの間は元の学校での夏休みを過ごすことを決めていた。

水泳バッグを持って正門に着くと、顎元から汗を垂らして、仙子が待っていた。

「これだけ暑いと、早くプールに入りたくなるね」

二人はプール棟に併設された小汚い更衣室に入った。女教師が、プールを解錠する。今日の補講は2人だけだった。

照明の着いていないうす暗い部屋には、窓から木漏れ日が差し込んでいた。蝉の羽音がけたたましく鳴っている。

「じゃあ、5往復したら、タイム測定ね。」

プールの広さにも関わらず、仙子は別のレーンに入らず、夕子の後ろを泳いでいた。

夕子は水をかき分けながら、床に反射する光の美しいのを見た。そして、軽く潜水してその光に触れた。

浮上する時、何かが足に触れた。

夕子は驚いて水から顔を出し、振り向いた。すると、仙子がプール帽とゴーグルの下で、白い歯を剥き出しにして笑っていた。

途端、夕子の体にぬるりとした感触が貼り付いた。仙子は夕子の首筋に腕を回していた。

「今、先生いないから、遊びたくなっちゃって」

と言っても、女教師も少し何かを取りに行っただけで、すぐ戻ってくるだろう。怒られたり、面倒なことになったりするのを嫌う夕子は、優しく仙子から離れ、水を蹴って再び泳ぎ出した。

だが、仙子のいる場所はちょうど水深が深く、仙子は足が付けず、体勢を戻せずにいた。

夕子は仕方が無いのでその手を掴んで泳ぎ出し、仙子は体勢を立て直すことができた。暫く二人は手を繋いだまま泳いでいた。

 

補講が終わると、夕子たちは体に貼り付いた、水を吸った水着を脱いで、制服に着替えた。首にタオルを巻きながら、耳に入った水を抜いた。

「この後、お昼食べない?」

仙子が言った。夕子は、仙子と1度も二人で遊んだことが無かったことに気がついた。

 

蝉が鳴いていた。夏の真っ盛りである。太陽は、これでもかと言う輝きを二人の濡れた髪に落としていた。

 

第九話

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夕子は生真面目な質であった。部活の練習にも欠かさず参加していた。だが、部としては彼女が11月に辞めることが分かっていたので、大会向けの練習の時は、彼女は一番後ろのポジションで踊らされていた。彼女としても、それは問題がなかった。一つ気がかりだったのは、仙子のことだった。夕子が辞めた後、彼女はどうするのだろうか。仙子は運動神経がよく、なかなか重要なポジションに付いていた。だが、彼女は、部活でやっていけるのだろうか。世話焼きではない夕子にも、そのことは心配であった。夏休み中、部活が終わると、二人は必ず一緒に帰り、学校の近くの繁華街の、何処かに立ち寄っていた。レストランやカラオケ、カフェなどで夏の課題を終わらせたりー夕子は取り組む必要もなかったが、律儀な性格故、しっかりと終わらせていたー、ボウリング場やゲームセンターで遊んだりと、残された時間を、花弁をゆっくりと千切るように、過ごしていた。夕子は、ぼんやりと柔軟体操をする仙子の短くなった髪を見ていた。そして無意識に自身の、少し短くなった髪を触った。

夕子が仙子の髪を切ったのは、夏休みに入ってすぐの、部活が始まる前であった。

「今日、両親がいないんだけど、うちに来ませんか?」

更衣室で着替えながら、仙子はいった。制汗剤の柑橘類の匂いが、夕子の鼻をついた。地面には、花が咲くように、少女たちの制服のスカートが広がっていた。彼女たちは、スカートを履いたまま、ズボンを履き、ズボンを履いてから、地面にスカートの花を咲かせるのである。そしてそれをそのままに、上半身の着替えをしていた。誰が始めた訳でもないこの着替え方は、いつしかこの部活に広まっていった。だからダンス部が更衣室を使う時、リノリウムの床に、スカートの花が咲くのである。

蝉の声をバッググラウンドに、二人はいつもより二駅遠い駅で降り、仙子の家まで歩いた。20分ほど歩いただけで、彼女たちは汗だくになっていた。仙子は家に入るや否やクーラーを付け、氷の入った麦茶を、カラカラと音をさせつつ運んできた。

「ついでだから、やっちゃおうか。」

仙子はスズランテープの束を運んできた。二人は部活で使うポンポンを作る役目を任されていた。クーラーの効いた部屋で、汗の乾いてきた肌にほんのりと涼しさを感じつつ、様々な話題が机上に飛び交った。

部活のこと、生徒会のこと、クラスのこと、そして、夕子の想い人の話まで。

しばらくして、仙子は、髪が長くて夏が大変だ、というようなことを言った。

夕子は仙子の髪を見た。スズランテープと似た光沢。

ふと気づくと、夕子は、先程までスズランテープを切っていたハサミを、仙子の髪に入れていた。仙子は目を丸くした。髪の毛が、机上に落ちた。

その後、どちらともなく立ち上がり、二人は縁側に出た。仙子は何かを期待しているかのように目を瞑った。夕子はその髪を一心不乱に切っていた。

そして、仙子も仙子で夕子の髪を切ろうとした。しかし、その手は震え、僅かな毛先しか切ることができなかった。

2人は、我に返ると鏡を見て、大慌てで最寄りの美容室に駆け込んだ。

「こんなに短くなったの、初めて。」

ボブヘアーになった仙子は、首筋に夏風の涼しさを感じてか、擽ったそうにしていた。

入道雲が訪れる夕立を予告して、二人の涼しくなった頭の上を、ゆったりと流れていた。

彼女の最も忌む時間が、すぐそばに、迫っていた。